2007年4月22日日曜日

今日 日本史を少し読みました。


日元貿易
 蒙古襲来は、日本が諸外国と海でつながっているをあらためて知らせた。それは、日中間の貿易が元寇(げんこう)のあとにむしろ活発になっていったことでわかる。たとえば1298年に九州の五島沖で難破した唐船には、幕府関係者の貿易品である砂金や水銀・武具が積まれていた。また金沢文庫に今に残されている書籍や青磁・白磁の陶磁器の多くは、北条氏の一門金沢氏が中国からとり寄せたものである。
 そうした貿易の一端を見せてくれたのが、1976年に韓国の新安沖で発見された沈没船である。7年かけた遺物の引き上げの結果、船長約28mの木造船には、陶磁器2万点弱、銅銭28万トン、紫檀材1000余本と、膨大な積荷があった。調査の結果、船は1323年ころに元をでて、日本に向かう途中で沈没したらしいとわかった。船員の日用品と思われる遺物から、日本人、中国人、朝鮮人が乗り組んでいたと推測されている。